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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)5943号 判決 1979年6月29日

原告 洞海産業株式会社

右代表者代表取締役 黒木威

右訴訟代理人弁護士 松元基

被告 団迫三郎

右訴訟代理人弁護士 国府敏男

被告 山下忠男

右訴訟代理人弁護士 川喜多正時

主文

被告山下忠男は原告に対し、金四九五万七、四六一円とこれに対する昭和四九年一二月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告山下忠男に対するその余の請求並びに同団迫三郎に対する請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その二を原告の負担、その余を被告山下忠男の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

被告らは原告に対し、各自金九九一万四、九二三円とこれに対する被告団迫は昭和五〇年一月一一日から、同山下は同四九年一二月三〇日から、それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

三、請求原因

(一)原告は、訴外新日本製鉄株式会社(以下新日鉄という)を主取引先とし、各種製品の購入・販売を業とする株式会社であり、被告山下は訴外太陽合成理化株式会社(以下太陽合成という)の代表取締役、被告団迫は、同会社取締役であるところ、昭和三六年夏原告は、太陽合成との間で、同会社の製造する製鉄用耐熱性合成樹脂板(商品名ケミボード、以下本件商品という)の新日鉄に対する販売を原告が専属的に代理して行う専属的販売代理契約(以下本件販売代理契約という)を締結し、以来、原告が本件商品を新日鉄に販売すると、太陽合成に支払うべき代金中より回収する約定の下に太陽合成に対し前払金または仮払金の名目で商品代金の前渡金を交付したが、その残額は、昭和四六年一〇月末金一、六二七万八、〇〇七円に、その後一部清算されて同四七年五月末金一、一二七万四、九二三円、現在では金九九一万四、九二三円となった。

(二)訴外帝産業株式会社(以下帝産業という)は、新日鉄出入りの商事会社であるが、訴外株式会社アイ・エム・シー(以下アイ・エム・シーという)と共謀して、本件商品が新日鉄に専属的に納入され、事業として安固な取引先を有し、継続的安定的に利潤を挙げ得ることを知り、太陽合成を乗取って自己の支配下に収め、同会社と原告との間の本件販売代理契約を解消させて原告の同契約に基く取引上の利益を得ようと企てた。

(三)そこで帝産業は、その頃自社の取締役で、代表者の妻の弟である和田文三をアイ・エム・シーの取締役に就任させ、アイ・エム・シーの営業を掌握したうえで、同社を介して、帝産業の不正競争行為に対する原告の警告を無視して、太陽合成に対する融資を実行した。

(四)すなわち、帝産業は、原告の資金援助である前渡金の交付により購入設置されている、太陽合成にとって唯一の重要な動産である別紙物件目録記載の機械設備(以下本件機械という)をアイ・エム・シーを介して取得するため、昭和四六年八月二日、同社との間で、同四五年一二月一七日から同四六年五月二八日までの間に帝産業が合計金三、〇九五万円の前渡金を交付した旨並びにアイ・エム・シーはこれに相当する物品を同四六年八月六日までに帝産業に納入するものとし、右期限までに納入しないときは、前渡金全額を直ちに返還することとし、これを怠るときは強制執行をうけても異議ない旨約諾した公正証書を作成したうえ、被告団迫三郎に対し、原告その他の債権者から本件機械を守ってやるための手段であると称して、その旨誤信させ、同年八月三日、本件機械を代金一、〇〇〇万円でアイ・エム・シーに売渡し、代金の授受並びに所有権移転を了した旨並びに買主は、これを他に売却しない旨約した仮装譲渡契約を結び、動産売買公正証書を作成した。

(五)以上のような態勢を整えた帝産業は、被告団迫に対し、太陽合成の営業の継続並びに同被告個人の保身のため、帝産業の支配下に入った方が得策であるとして、原告との間の本件販売代理契約を解消し、その旨、同四六年一一月一八日付書面で新日鉄に通告することを強要したが、新日鉄から叱責をうけるや、同被告は、帝産業の強要に屈して、その指示により右通告をした事情を述べて原告に陳謝し、同年一一月二五日付新日鉄あて書面で前記通告を撤回した。

(六)しかるところ、昭和四七年一月六日帝産業代表者松尾十四栄、取締役税田文三、被告団迫外一名が会合協議した結果、原告の本件販売代理権を剥奪して帝産業が取得することとなり、帝産業のアイ・エム・シーに対する公正証書に基き、同年一月二五日本件機械に対し競売の申立てをなし、同年二月一七日代金約三五〇万円で帝産業が競落し、太陽合成の松原工場に設置したまゝこれを使用して本件商品を生産させる一方、同年三月七日、被告団迫を強要して、原告との間の本件販売代理契約を解消する旨、原告並びに新日鉄あて通知させ、原告の代理店業務を妨害、終息させた後、同年四月中旬頃倒産した太陽合成の代りに、訴外帝化成株式会社(以下帝化成という)を設立して、前記税田を代表者に就任させ、完全に太陽合成を乗取り、生産業務を継続して本件商品を新日鉄に販売納入して、専属的販売代理に基く利潤を一手に収めている。

(七)原告は、太陽合成との間の前記代理店業務によりこれまで一か月当り平均五〇万円を下らない手数料収入を継続的に取得し、その中から毎月金三〇万円あて太陽合成に対する前渡金債権の弁済に充当していたが、同会社の倒産、無資産により前渡金回収の途を閉ざされ、前渡金残金九九一万四、九二三円の回収不能による損害を被った。

(八)被告団迫は、太陽合成の取締役として、悪意または重大な過失により、帝産業の原告に対する前記一連の不正競争行為、公序良俗違反行為による債権侵害の不法行為に加功し、本件機械は、原告、太陽合成間の本件販売代理契約遂行のため不可欠の物的設備として、原告の承認なしには他に譲渡その他の処分をしてはならない旨の暗黙の合意がなされていたのに拘らず右合意に反して、帝産業に処分し、太陽合成にとって唯一重要な資産を処分することにより、同会社を無資産状態に陥れて倒産させた。

(九)被告山下は、太陽合成に対する大口の出資者兼債権者として、太陽合成の代表取締役に就任したものであるが、取締役たる被告団迫の職務行為を監視すべき義務があるのに、これを怠り、かつ太陽合成の代表者印の保管義務に違反して、被告団迫をして、擅にこれを使用できる状態に放置したことにより同被告による前記一連の違法行為を惹起させた。

更に、被告山下は、昭和四六年一二月頃から同四七年四月頃までの間、同被告が代表取締役をしている訴外大和鋼管工業株式会社(以下大和鋼管という)を買主、訴外富士商事株式会社(以下富士商事という)を売主または仲介人とする大阪市内の土地の売買取引に関し、その代金の内金約一、六七〇万円の支払方法として、振出人を太陽合成とし、支払期日は昭和四七年三月以降一七か月にわたる、額面合計額を右代金額とする約束手形一七通を振出して富士商事に交付したが、右取引では、売買の目的たる土地の所有者等の調査を怠るなど杜撰であったため、履行段階で紛争をひき起し、右約束手形を不渡しすることを決め、同四七年三、四月頃に第一回の不渡を出し、その後第二回不渡を出した段階で、太陽合成は銀行取引停止処分をうけて倒産した。被告山下の右所為は太陽合成の営業に関しない取引につき、大和鋼管ひいては自己の利益を計るため、太陽合成の代表取締役たる地位を濫用してなされたものであり、太陽合成の倒産によって原告の同会社に対する債権回収を不能にして、右債権額と同額の損害を被らせたものである。

(十)したがって、被告両名は、原告に対し、商法二六六条の三第一項に基づき、原告の前記損害につき連帯して賠償の責に任ずべきであるから、被告らに対し、各自金九九一万四、九二三円とこれに対する訴状送達の日の翌日である、被告山下は昭和四九年一二月三〇日から同団迫は同五〇年一月一一日からそれぞれ支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴におよぶ。

四、請求原因に対する被告らの答弁

(一)被告団迫

(1)請求原因(一)の事実は、概ね認める。たゞし、原告の前渡金の中には、実質は、工場移転費の一部負担であるが、研究費の名目で太陽合成に贈与された金四〇〇万円ないし五〇〇万円が含まれており、これに相当する額は、原告主張額から控除すべきである。

(2)同(二)、(三)の事実は、不知。

(3)同(四)の事実中、昭和四六年八月三日太陽合成とアイ・エム・シーとの間に動産売買契約公正証書が作成されたことは認めるが、その余は否認する。

(4)同(五)の事実中、昭和四六年一一月一八日付並びに同月二五日付太陽合成作成名義の書面を新日鉄に送付したことは認めるが、その余は否認する。

(5)同(六)の事実中、帝産業がアイ・エム・シーに対する公正証書により太陽合成松原工場の強制執行をし機械設備類を落札したこと、昭和四七年三月七日原告および新日鉄に対し原告主張のような文書を発送したこと並びに同年四月中旬頃帝化成が設立され、税田が代表取締役となったことは認めるがその余は否認する。

(6)同(七)の事実中、原告の損害の発生については否認、その余は争う。

(7)同(八)の事実中、被告団迫が太陽合成の取締役であったことは認めるが、その余は否認する。

(8)同(一〇)の主張は、争う。

(9)(イ)被告団迫は、以前大阪合成理化株式会社(以下大阪合成という)を主宰していたが、昭和四〇年に大和鋼管の社長である被告山下を知り、同年八月同被告の出資によって太陽合成が設立され、大阪合成に吸収されて解散したので、以後太陽合成の取締役工場長となり、製造並びに営業を担当することになった。太陽合成の工場は、大阪市西区姫島町にある大和鋼管の工場の一部を借用していた。

大阪合成並びに太陽合成を通じてその製品の主力は、ケミボードという製鉄用耐熱耐摩の合成樹脂製品であり、納入先の主力は、新日鉄であった。大阪合成時代の昭和三七年頃までは、北九州市戸畑区内に営業所をおいて新日鉄に直納していたが、その頃原告を知り、以後同社を代理店として新日鉄にケミボードを納付するようになった。

(ロ)昭和四四年原告は、建設省に側溝蓋、集水桝等の土木用材を納めることになり、太陽合成に対し二億五、五〇〇万円の発注をした上、五〇〇万円の研究費を交付したので、被告団迫は、その研究開発に努力し、姫島工場でこれを完成した。商品名をコンキヤストと称し、姫島工場は小さくて製造能力がないため、大阪府松原市小川町所在の松原工場を借りて機械設備を移設するとともに、増設を行い、原材料も二、五〇〇万円程度購入し、合計六、〇〇〇万円程度を投下したが、原告は、研究費五〇〇万円以外に、一、〇〇〇万円の前渡金を援助しただけであった。

その外原告は、太陽合成に対しチヤッターバーを発注し、毎月大小三万個を受取るというので、別に約五七〇万円の製造用機械を設置する必要があり、その購入資金の一部を原告から借受けたところ、原告は毎月三〇万円の返済を要求した。

(ハ)ところが原告は、コンキヤストもチヤツターバーも、極く小量発注しただけで、しかも翌四五年になると、右両商品の取引を一方的に解消した。ケミボードに関する原告と太陽合成との取引は、継続していたが、原告は、自らのコンキヤスト等の発注について太陽合成に対しぼう大な設備投資をさせ、しかもこれを一方的に取消しておきながら、ケミボードのみの取引によってその間の前渡金、貸出金の取立てを強硬に行った。被告団迫は、この原告の仕打ちに対し異議を唱えたがきゝ入れられず、結局太陽合成のケミボード納入の利益は、原告に対する前渡金等の債務と相殺されて、運転資金にも行詰まるような状況になった。しかし、被告団迫としては、このまゝ太陽合成を倒産に追込むことは、取締役工場長として到底できないので、原告に対してはケミボードの取引を継続するとともに、他にも取引先を開拓するなどして、企業維持と債務弁済につとめた。

(ニ)アイ・エム・シーの実権者は、訴外北野喜久であったが、被告団迫は、昭和四一年頃同人と知合い、同四五年太陽合成の窮状を訴えて応援を求めたところ、同人はこれに応じ、アイ・エム・シーから太陽合成に対し、土木用材のマンホール蓋、チヤツターバー、境界ブロック、合材木材等の発注をうけた。昭和四五年暮頃から同四六年七月までの間に、アイ・エム・シーから約一、五〇〇万円に及ぶ前渡金をうけ、前記土木用材(商品名ケミコン)の生産につとめたが、マンホール蓋はついに納入できず、チヤツターバーは若干納入したが、品質に難点がある等の事情によって生産の続行ができず、境界ブロックも若干納入したが、コスト高のため生産続行が困難となり、いずれも不成功に終った。

以上のように商品の納入ができないため、昭和四六年七月末北野は被告団迫に対し前渡金約一、五〇〇万円につき強硬に支払を求めたので、ついに同年八月初めアイ・エム・シーと太陽合成との間に右支払の担保として、松原工場の機械設備類の譲渡契約を締結して、これを公正証書とした。被告団迫としては、ケミコンを製造してアイ・エム・シーに納付することにより、買戻しによって右契約を解消することができると確信していたので、太陽合成代表者被告山下には右事実を知らせなかった。

(ホ)昭和四六年一一月に至り、北野は被告団迫に対し、太陽合成が生産する製鉄用材をアイ・エム・シーの商品すなわちケミコンとして新日鉄に納付することを申入れてきたが、被告団迫としては、従来からの取引関係にある原告との間に溝を生ぜしめることを憂慮しつゝ、原告の太陽合成に対する支援が冷いのと、北野の強引さ、アイ・エム・シーの窮状を訴えての泣き落しに負けてこれを承知した。そこで、アイ・エム・シーは、自己をメーカーとし、帝産業を代理店として新日鉄に対しケミコンを納入したい旨の届出をしたが、新日鉄は、アイ・エム・シー、帝産業、原告、太陽合成の四社の話合いによりケミコンとケミボードの競合関係を解決するように求め、四社の話合いが行われたが、まとまらず、結局右届出は受理されなかった。

(ヘ)被告団迫は、帝産業が、新日鉄出入りの優秀な商社であることは、早くから知っていたが、帝産業がアイ・エム・シーとの取引により前渡金その他の資金援助をしているであろうことを薄々知っていた程度で、取引の具体的内容までは知らなかった。

ところが、昭和四七年一月初めアイ・エム・シーは手形の不渡を出して倒産し、帝産業は、同社との間に作成している公正証書によって、既にアイ・エム・シーの所有となっている松原工場の機械設備類に対し同年二月強制執行をなし、帝産業が機械設備類を落札して所有権を取得したが、太陽合成がこれを借用して操業することは承認したので、太陽合成は、倒産することもなく、ケミボードの生産を継続することができ、原告を通じて新日鉄に納付していた。しかし、原告は、ケミボード取引の利益を月々の債務弁済金と相殺することを継続し、太陽合成の財政を益々窮地に追いやったので、被告団迫は、企業維持のため、同四七年三月初め原告との間の販売代理契約を解除し、改めて帝産業と代理店契約をしてケミボードを新日鉄に納付するのやむなきに至った。

(ト)しかるに、同年四月末頃、被告団迫の関知しない、すなわちケミボード、ケミコン等の製造販売とは関係のない太陽合成の約束手形が被告山下によって発行されており、これが不渡となったゝめ、太陽合成は倒産し、原告に対する債務も支払不能となった。

(チ)原告は、被告団迫が一連の不正競争行為や公序良俗違反の不法行為をしたと主張するが、そのような事実は全くなく、また本件販売代理契約の履行に不可欠な松原工場の本件機械を他に譲渡してはならないという暗黙の合意があったと主張するけれども、そのような合意は存在しなかった。

販売代理契約を解除して代理店を変更することは、特約のない限りメーカーの自由になしうるところであり、右契約が安固不動で専属的であることはなく、いわんや本件販売代理契約は、期間満了の際解除されたのであるから何ら非難されるべき筋合ではない。要するに、被告団迫としては、太陽合成の企業維持のためあらゆる努力をしてきたのであるから、取締役として、第三者である原告に対し責任を負うものではない。

(二)被告山下

(1)請求原因(一)の事実は、争わない。

(2)同(二)、(三)の事実は、不知。

(3)同(四)の事実中、本件機械が太陽合成の所有であったことは認めるが、その余は不知。

(4)同(五)の事実は、不知。

(5)同(六)の事実中、太陽合成が倒産したことは、認めるが、その余は不知。

(6)同(七)、(八)の事実に対する認否は、被告団迫のそれと同一である。

(7)同(九)の事実中、被告山下が太陽合成並びに大和鋼管の代表取締役であることは認めるが、同被告に原告主張の義務違反があったとの事実は、否認する。

(8)同(一〇)の主張は、争う。

(9)原告の主張に対する被告山下の反論は、後記のとおり付加する外、同団迫の答弁((一)の(9)(イ)ないし(チ)記載)と同じであるから、これを引用する。

(10)(イ)被告山下は、同団迫が主宰していた合成樹脂製品の製造販売を業とする大阪合成を吸収した太陽合成を引受け、その代表取締役となったが、右業種は、専門ではないので、会社の個々の業務の実際上の運営は、唯一の常勤取締役である被告団迫(同会社は、他に名ばかりの三名の取締役が居る小規模な会社であった)に行わせ、その業務執行に必要な場合に限って会社代表者印の使用をも許していたが、被告山下の太陽合成代表取締役としての代表者印の保管については、注意義務の遵守に欠けるところはなかった。すなわち、大和鋼管の姫島工場を借受けて操業していた当時は、右印章は、被告山下が自ら保管し、松原工場で操業後は、同工場事務所に被告団迫の責任において保管を命じて必要のあるとき、被告山下の許に持参させて自ら押印するか、場合によっては、被告団迫に同山下に代って使用押印させていたのであって、平素から被告団迫の勝手な使用はいましめていた。したがって、原告主張の動産売買契約公正証書が、被告山下の知らない間に同団迫によって太陽合成の代表者印を用いて作成されていたことは事実であるが、(被告山下は、このことをずっと後になって知った)、この一事で、直ちに被告山下が太陽合成の代表者印の保管義務に違反したものとはいえず、また被告山下は、前記太陽合成設立の経緯からも明らかなとおり、被告団迫に対する援助者で、太陽合成の事業の主軸である製鉄用耐熱合成樹脂製品の製造販売業務は、主として被告団迫の手で運営されていたが、それだけに、被告山下がその運営について監視を怠らなかったことは当然で、適時被告団迫から右業務について報告をうけ、その相談にも応じており、被告団迫に一切を委し切りにしていたようなことはなく、同被告の職務行為の監視につき相当の注意を払っていた。

(ロ)太陽合成が、大和鋼管の買受けた土地(白浜)の残代金の内一、六七〇万円の支払に関し、約束手形を発行し、これが不渡となって太陽合成倒産の因となった経緯は、次のとおりであって、このことにつき被告山下には太陽合成の代表取締役としてその職務を行うにつきなんら悪意または重大な過失はなかった。

すなわち、太陽合成は、昭和四六年一二月訴外富士商事の勧めで、自社の倉庫又は工場用地にあてる目的で、大阪市城東区古市中通三丁目三五番の一、二および三番の一所在の三筆の土地を買受ける契約を富士商事と結び、翌年二月一〇日までにその代金二、〇二〇万円全額の支払を完了した(右代金の大部分は、大和鋼管が支払った)。ところが、富士商事の契約不履行によって、太陽合成は、右土地の所有権取得登記を受けることができず、被告山下は富士商事から右代金の回収を考えていたところ、富士商事は、右土地の代りに白浜の土地を代金総額三、八五〇万円で買ってほしいと申入れた。そこで被告山下は、考慮の末富士商事の申入れを容れ、新に、買主を大和鋼管として、富士商事との間に白浜の土地の売買契約を締結した上、古市の土地代として支払済みの二、〇二〇万円をこれにふりむけ、残代金の内金一、六七〇万円の支払については、太陽合成発行の約束手形によってなすこととし、金額八二万円と八五万円の約束手形各一〇通を振出し、富士商事に交付した。しかるに、最初の手形の支払期日の間際になって、前記二回の売買契約には、当初から富士商事側の一連の欺罔行為が行われていて、不信行為のあることが発覚したので、被告山下は、大和鋼管および太陽合成の代表取締役として、右売買残代金(約束手形)の支払を取り止めざるを得なくなり、結果的には手形の不渡処分をうける事態となったのである。

(ハ)商法二六六条ノ三第一項の取締役の責任は、当該取締役が対外的業務執行につき第三者に対し不法行為によって損害を与えた場合に限るのであって、取締役の対会社関係の任務懈怠により生ずるものは除外されており、しかも、直接損害に限られ、間接損害は含まれない。

被告山下は、前記のように、会社の代表者印の保管についても、取締役工場長である被告団迫の職務行為の監視についても、なんら悪意又は重大な過失がなかったことはもとより、たとい被告団迫の本件機械譲渡契約公正証書の作成とその後の一連の事態につき同被告の悪意又は重過失が認められ、かつこれによって被告山下の不正行為未然防止義務違反につき重大な過失があったとされた場合でも、同被告の右過失は、太陽合成に対する善管・注意義務の懈怠であるに止まり、第三者である原告に生じた損害の発生につき有責であるわけではない。

したがって、原告の被告山下に対する本訴請求は、この点でも理由がない。

五、証拠<省略>

理由

一、請求原因(一)の事実は、(被告団迫との関係で右前渡金の中に、四〇〇万円ないし五〇〇万円の原告から贈与された研究費が含まれるか否かの点を除き、)当事者間に争いのないところ、原本の存在と<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)原告は、新日鉄出入りの商社であり、新日鉄に本件商品を納入していた太陽合成は、被告団迫が経営していた大阪合成を事実上吸収し被告山下並びにその経営にかゝる大和鋼管の資本・経営参加により昭和四〇年八月一七日設立された会社であって、被告山下は代表取締役ながら、同団迫を除く他の取締役同様非常勤で、被告団迫だけが、常勤取締役として、同社の経営を実際上掌握していたが、原告は、同会社の製造する本件商品を新日鉄に対し独占的に代理して納入する販売委任代理契約を締結し、原告から太陽合成に交付した前渡金については、毎月三〇万円分を原告に引渡した本件商品の代金中より弁済する約定であった。

(2)昭和四二、三年頃、原告から太陽合成の生産する集水桝、側溝蓋等土木建設材をコンキヤストの商品名で建設省に納入する話が持込まれ、総額二億五、〇〇〇万円以上の発注であったから、太陽合成の姫島工場では生産できないので、松原工場を新設し、移転することとなった。

(3)ところが、多額の経費を投じて松原工場に移転したものの、単価等の面で建設省の注文は受けられないこととなり、原告からの発注も撤回され、僅かにチャッターバー(スリップ止め)の注文が若干あったのみで、原告からの資金(たゞし研究費として四〇〇万円ないし五〇〇万円が贈呈されたとの事実は、明らかではない)を注入して購入した本件機械設備の代金の返済に窮し、そのうえ、訴外日立化成工業株式会社等の大口債権者に対し多額の債務を負っていたことも負荷して太陽合成の経営が苦しくなったので、昭和四五年一〇月頃、被告団迫が、かねて知合いのアイ・エム・シー(訴外横浜ゴム株式会社の関係会社で、チャッターバー等土木用材の生産業を営む)の実権者北野喜久に援助を求めたところ、同人はこれに応じ、被告団迫を同社取締役に就任させる一方、同社から太陽合成に対し、土木用材のマンホール蓋、チャッターバー、境界ブロック、合成木材等が発注され、昭和四五年から同四六年にかけて、同社から約一、五〇〇万円におよぶ前渡金が、後記帝産業からアイ・エム・シーに交付された手形で手交され、商品名ケミコンと称する前示土木材の開発、生産に取掛ったが、品質、コスト等の面で満足できる商品が生産できなかったゝめ、若干納入しただけで、不成功に終り、今度はアイ・エム・シーからも、右前渡金の返還を強く迫られる結果となった。

(4)太陽合成は、アイ・エム・シーの要求に抗し切れず、昭和四六年八月三日前記前渡金中一、〇〇〇万円の支払の担保にあてるため、被告団迫の独断で、同山下には知らせずに、松原工場備付の本件機械を同社に譲渡する旨の契約を締結し、動産売買契約公正証書を作成した。

これより先、同年八月二日、アイ・エム・シーは、かねてから取引関係にあり、その取締役税田文三は、アイ・エム・シーの取締役をも兼務していた帝産業との間で、同四五年一二月一七日から、同四六年五月二八日までの間にアイ・エム・シーが帝産業から交付をうけていた合計金三、〇九五万円の前渡金につき、アイ・エム・シーがこれに相当する商品を納入できないときは、強制執行をうけても異議がない旨約諾した執行受諾約款付公正証書を作成していた。

(5)アイ・エム・シーは、帝産業に対する債務の弁済が進捗しないため、自己が所有権を取得した太陽合成の本件機械を使用して、本件商品を生産し、帝産業を販売代理店として、新日鉄に納品し、太陽合成に対する債権の回収並びに帝産業に対する債務の返済にあてることを計画し、太陽合成を通じ、昭和四六年一一月一八日付同社の新日鉄あて書面で、太陽合成がアイ・エム・シーの管理下で生産・販売を行うようになったことを理由として、今後の各問題については、アイ・エム・シーと折衝されたい旨申入れさせたが、新日鉄は、これに異議のある原告との間で話合いによる解決を希望したので、太陽合成は、同年一一月二五日付書面で前記申入れを撤回した。

(6)ところが、昭和四六年一二月二七日限りで、帝産業の資金援助が打切られるや、翌四七年一月六日アイ・エム・シーは、手形の不渡を出して倒産したゝめ、帝産業は、アイ・エム・シーの保有する本件機械を代物弁済として、譲渡をうけると詐害行為として取消されるおそれのあることを検討、考慮の結果、強制執行により取得することとし、アイ・エム・シーとの間で作成した前掲公正証書に基き、同四七年一月二五日本件機械に対し強制競売の申立てをなし、同年二月一七日代金約三五〇万円で自らこれを競落し、太陽合成松原工場内に設置したまゝ同社に使用させて、本件商品を生産させる一方、太陽合成からは、同年三月六日付書面をもって、原告に対し、本件販売代理契約を解約する旨申入れるとともに、以降帝産業を販売代理店として、新日鉄に本件商品を納入する手続をした。

(7)しかるに太陽合成は、被告山下が同団迫にはかることなく、大和鋼管を買主とする、和歌山県白浜所在の土地の売買代金支払のため振出した約束手形につき取引上の紛議の発生により、被告山下において支払を拒絶したゝめ昭和四七年四月頃倒産し、本件機械以外にみるべき資産を有しなかった太陽合成から、原告は、前記のように金九九一万四、九二三円の前渡金の返済をうけられない事態となり、同額の損害を蒙った。

(8)一方、帝産業は、昭和四七年六月頃、税田文三を代表取締役として、帝化成を設立し、従来の設備、従業員等を使用して本件商品を生産させ、帝産業が販売代理店として、新日鉄に商品の納入をなし、被告団迫は、帝化成松原工場長として勤務していたが業務上の不正があったとして、昭和五二年二、三月頃解任された。(被告団迫との間では、昭和四六年八月三日太陽合成とアイ・エム・シーとの間で、動産売買契約公正証書が作成されたこと、同年一一月一八日付並びに同月二五日付太陽合成作成名義の書面が新日鉄に送付されたこと、帝産業がアイ・エム・シーに対する公正証書により太陽合成松原工場に強制執行をし、本件機械を競落したこと、同四七年三月七日、原告および新日鉄に対し、太陽合成が原告主張の文書を発送し、また同年帝化成が設立され、税田が代表取締役に就任した事実は、争いがなく、被告山下との間では、本件機械が太陽合成の所有であったこと、同会社が倒産したことの各事実は、争いがない。)以上のように認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠は存しない。

二、前記認定事実並びに前掲甲第一七号証によれば、原告が太陽合成との間で締結していた委任代理契約は、本件商品(ケミボード)全般につき新日鉄あての見積書の提出、契約の締結、目的物の引渡、代金の請求、受領、その他の付帯、関連事項に関する権限を受任者に委任するものであって、原告は、特定の商人のために平常その営業に属する取引の代理・媒介をなすを業とするいわゆる代理商に該ると認められるところ、右契約に期間の定めがあったとの点ないしその解約につきやむをえない事由が存在したとの点について主張立証は存しないから、太陽合成が昭和四七年三月七日なした右契約の解約は、法定の予告期間を経過した後である同年五月七日以降にその効力を生じたものと解する外はないが、右解約により原告に損害が生じたとしても、この契約の性質上、特別の事情のない限り原則としてその賠償の責めを負うものではないと解すべきである。

三、しかしながら、原告は、受任者として、委任事務の処理に必要な費用に該る前記前渡金を太陽合成に交付したが、同会社の倒産により結局その償還をうけることができなくなったことは、前記認定のとおりであるから、同額の損害を蒙ったものといわなければならないところ、前記認定事実並びに前掲甲第二〇号証によれば、被告山下は、太陽合成の代表取締役として、唯一の常勤取締役として業務の執行に当っていた被告団迫に対する監視義務を怠った事実は窺い難いけれども、同被告にはかることもなく、太陽合成の営業(各種合成樹脂製品およびゴム製品製造販売とこれに付帯する事業)に直接関係のない土地の投機的売買取引に太陽合成振出の手形を支払方法として使用し、その取引関係が紛糾するや、異議申立預託金の提供など不渡回避の手段をとることもなく、右手形を不渡となして、これが、同会社倒産の引き金となったことは、前記認定のとおりであるから、被告山下の右所為は、当時太陽合成に資産が乏しく、営業不振で、唯一の資産ともいうべき本件機械は、被告団迫の独断で他の債権者に担保に供され他人の取得するところとなっていたとしても、代表取締役として当然なすべき注意義務を怠り、重大な過失により第三者たる原告に損害を与えたものであって、その損害が直接損害たると間接損害たるとを問わず賠償義務を免れることはできないというべきである。もっとも右賠償義務の範囲については、太陽合成は、もともと営業不振で資力の乏しい会社であったから、行為と損害との間に因果関係の希薄な部分の存在することは否定できないので、この点を斟酌すると、被告山下の賠償義務は、前記償還不能となった前渡金の半額をもって相当であると認める。

四、これに反し、被告団迫については、前記のように太陽合成の唯一人の常勤取締役であって、同社の通常の業務全般を掌握していたもので、いささか経営能力に乏しい嫌いはあるが、前認定のとおり太陽合成の主たる財産である本件機械をアイ・エム・シーに対する債務の担保として提供したのは、債権者であるアイ・エム・シーから多額の債権の担保として、強硬な差入要求をうけたゝめ止むなく応じたにすぎないのであり、右担保提供(譲渡禁止の合意があったとの点は、立証がない)が、被告の独断で、代表取締役である被告山下にはからず、他の大口債権者である原告に不利な一般担保減少の結果をもたらしたものとして詐害行為を構成するか否かはさておくとして、それだけで故意または重大な過失があったとはいえず、いわんや本件の全証拠を精査しても帝産業並びにアイ・エム・シーが被告団迫と共謀して、原告の販売代理権並びにその前渡金返還債権の侵害を意図して、その主張のような公序良俗違反の不正競争行為を実行したとの事実は認め難く、また原告と太陽合成との間の販売委任代理契約が、前記のように代理商の契約関係に尽きるものである以上、その解消をもって直ちに不法行為といゝえないのはいうまでもない。

むしろ、前記のとおり、太陽合成の倒産の直接原因が、被告団迫と無関係な同山下の手形振出にあった事実に照らして考えると、被告団迫は、原告との関係において、取締役としての職務の執行をするにつき悪意または重大な過失があったとはいえず、商法二六六条ノ三の定める責任を負うものではないといわなければならない。

五、そうすると原告の本訴請求は、被告山下に対し、償還不能の前渡金債権金九九一万四、九二三円の半額に当る金四九五万七、四六一円とこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四九年一二月三〇日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、同被告に対するその余の請求並びに被告団迫に対する請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条を適用し、なお仮執行の宣言は不相当としてこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 仲江利政)

<以下省略>

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